2017年4月5日水曜日

懺悔の値打ちもない

今日は懺悔のつもりで記事を書きます。

ワタクシ、教育業界では「鬼子」とも云える予備校に勤めております。
サンプル数と層に偏りはあるものの、いわゆる「最近のワカモノ」と呼ばれる人々や、高校・大学の先生とやり取りさせていただく機会は多い方だと思います。

教育問題というのは、政治や経済といった分野に比べると、語りやすいと思います。
大抵の人はその人なりの教育を受けてきているため、自分の経験をもとにした意見を言いやすいのでしょうね。

はい、ここからが懺悔です。

私の職業を知ると、自分なりの教育論(観?)を語る方って、結構いらっしゃるんですけど、その意見に1ミリでも頷けることってほとんどないです。
一応、笑顔で「はい、はい」と頷いてはいますが、心の中では1ミリたりとも同意していないです。

なぜなのか。

まず、教育って多様性がありすぎるんですよね。
にも関わらず、自分の受けてきた教育=日本人の大多数が受けてきた教育という発想で物事を論じる方が多いんですよね。

さらに、時代性もあります。
昭和の時代に教育現場でやっていたことを今の教育現場でそのままやったら、おそらく大問題になること間違いありません。マスコミにバンバン取り上げられて炎上また炎上です。
それぐらい社会の風潮は変化しています。
また、学ぶ内容も変化しています。

私自身、教育現場で仕事をしていて自分の学生時代の感覚ってほとんど使っていません。
そんなものを使っていたら仕事になりません(笑)

最後に、教育の現場にいることから来る弊害というのもあります。
「先生」と呼ばれる三大職業と云えば、政治家・医師・教師だと思っていますが、この3つに共通するのは、いずれも人間の闇の部分を見ることが圧倒的に多い職業だということにあると思っています。

そうするともう、感覚が麻痺してくるんですよね。
教育論とか語られても、それはどこの世界の話なんだろうという。
コノ人ハ何ヲ言ッテルンダロウ、という。
あと、「最近のワカモノ」についてしたり顔で語られるのも、ホント困ります。
一応、私も職業柄そういうのが求められることもあるので、そういう時は一般論で澄ました顔して語りますけどね。

そう思いながら、笑顔で相槌を打っていてごめんなさい。
ホントに懺悔の値打もないな。


教育に幻想を抱いていないからこそ、人を育てるということに関しては真摯に向き合っています。

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