2017年1月8日日曜日

ビジネスとアート

年末年始は、メンタルトレーニングについての文章を書いていました。
あるコンテンツを購入した方に、特典として無料で冊子(というかPDFファイル)をプレゼントするという企画のために、せっせと文章を書いていたわけです。

タイトルは、

『医学部受験に「勝つ」ためのメンタルを作る~合格のために必要なメンタルトレーニング』

と云います。

ワタクシの本業です。

しかし、文章を書くと言っても、ただ書くだけではもちろんありません。
購入意欲を促進するようなキャッチを考えてから、どういう人を読者に想定し、どのぐらいの分量で、どういう内容で、読んだ後にどういう印象を持ってもらうか、などをイメージします。
この辺りが、ビジネスとアートの違いです。
ビジネスにも、もちろんアートの側面はありますが、というかむしろビジネスの質を分けるのはアートの部分だと思いますが、それでも私の中でビジネスとアートは歴然と区別されています。
それは、私がアーティストと呼ばれる人々と関わることが多いからかもしれません。
アートはまず、自分自身の表現ありきで、その後にコンセプトやオーディエンスが付いてくるものだと思っています。
ビジネスはまず、売れること、商売になること、人々の心に訴求することが何より重要です。

今回の文章を第三者に推敲してもらう時に、自分がどういうコンセプトで書いたかを伝えて、「今回の文章は、無色透明でサラッと読めるようなものを目指したので、私の文章の癖を残したくないから、どんどん赤入れしてほしい」と頼みました。
アートならば絶対に出てこない発言です。「自分を消したい」と言っているわけですから。
でも、今回の文章に「私の色」はむしろ邪魔なのです。
もっと匿名性の高い、読んだ人が気分よくなるものを目指したい。そう、まとめサイトの文章のような。

あ、それを私が良いと思っているわけではないですよ。個人的には、むしろまとめサイトにあるような文章のことは見下しています(スミマセン)。だって、私が個人的に好きなのは、三島由紀夫とかセリーヌとか、ああいうゴテゴテした装飾の極みがいちいち理屈っぽく迫ってくる文章なんだもの。
でも、この企画に必要だと思えば、自分が好きじゃない文章でもそれをイメージして書くのです。

仕事をしていて、私が自分のことを優れているなと思うのは、この「目的のために自分を消す」ことができる点かもしれません。
ビジネスの世界で成果を出すためにハードワークをしている私は、当然ながら自分の意見をはっきりと持っているし、こうしたいというエゴもたっぷりと抱えています。もっと言えば、役職の高い人にありがちなのですが、「自分の考えがすべて正しい」と思っているし、それを実現しようと思えばそうすることもできます。
私が侮蔑する権威主義の男性と同じですよ、その辺は。
でも、自分の意見を100%通したところで、最大限の成果は得られないこともよくわかっています。
だからこそ、より大きな成果を手に入れたいと思ったら、エゴを最大限まで押さえることができるし、目的を達成するためならば出来得る限りの手段を取る。
私にとって、仕事は自己表現の手段ではありません。
この社会に、ほんのわずかでもいいから貢献するために、私は仕事をしています。それが回り回って自己表現に繋がっているわけですが。

職場での人間関係のいざこざのほとんどが、自己イメージと他者承認の大きな乖離にあると思うのですが、周りに対して常に承認を求めている人って、相手をしていると疲れます。周りに疲れが溜まる分、その部分がぎくしゃくしてしまうのは、仕方のないことだと思っています。
もっとも、そのぎくしゃくこそが「人間らしい」部分でもあるわけで、職場での私が「ホントに人間なんですか?」とよく言われるのは、他者承認を求める意識が極端に少ないからかもしれません。
私の場合、周囲からの承認ではなく、もっと大いなる存在(神と云ってもいいですが)からの承認を求めているので、視座がズレているのかもしれませんが。

自分を消すことによって、逆説的に自分というものが大きく立ち上がってくるという感覚が私の中にあるわけですが、これはなかなか言語化しにくいところです。
でも、自分を消すことによって、自分の限界を超えることができる(という錯覚がもたらされる)のは病みつきになりますね。



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